村の入り口に少年が立ちはだかっていた。
迦楼羅王が近付くのに気付いていたのだろうか。
「その光流……八部衆だな。一人か。」
転生前と変わらぬ、澄み渡った闇色の瞳。
「そうよ。迦楼羅王レイガというの。」
名乗られれば、応じなくてはならない。
「俺はシュラトだ。」
そう言った少年は、何かを言いかけて飲み込んだ。
転生前の記憶はなさそうだが……何かを知っていそうだ。
それとも、隠しているのか。
「デーヴァが何の用だ。ここは、アスラの村だぞ。」
「争いに来たわけじゃないわ。ここの結界を維持しているのはシュラト?」
「いや、違う。ここは元々創造神の神殿跡なんだ。建物は、この前来た夜叉王に壊されたがな。」
各地に隠された創造神の神殿。
しかも、大半は結界の中だ。
言い伝えによれば、次代の創造神に引き継がれるべき記憶が封じられているとか。
ここの結界を維持している光流球は、神殿を破壊されてもまだ生きている。
「あなたたちアスラが創造神を信じているの? 破壊神ではなく。」
意外としか言えなかった。
デーヴァと戦っているアスラ神軍を率いているのは、破壊神だから。
戦いに来たのではないという迦楼羅王の言葉を信用したのか。
少年が、
「知りたければ、昔語りを聞かせてやろうか。」
と言った。
「本来、アスラ神族が信仰してきたのは創造神だ。破壊神がアスラ神族を乗っ取ったのさ。先代の王は破壊神ルドラと刺し違え、相討ちになった。ルドラの死後、破壊神の後継者がアスラを完全に手に入れた。それが今の破壊神シヴァとアスラ神軍だ。」
アスラに王がいたとは初耳だった。
「ここは、シヴァに追われた者の隠れ住む場所。彼らはここでしか生きていけない。結界の外に出れば、シヴァの人形になるしかないんだ。」
アスラ神軍の狂気は、黒の光流の暴走によるもの。
普段から黒の光流を使っているアスラ神族は、デーヴァに比べて染まりやすい。
「あなたは違うのでしょう。」
迦楼羅王の問いに、シュラトが言葉に詰まる。
「迦楼羅王……」
何を訊きたいのだろうか、このデーヴァの神将は。
「シュラトは結界の外に出ても正気を保てる。違う?」
その通りだった。
「何が言いたい。」
これ以上、聞かれたくない。
聞きたくないことを言われそうで。
「分かっているのでしょう、『修羅王』。」
シュラトの表情がはっきりと変化した。
怒りへと。
間違いない。
シュラトは、己が『修羅王』の転生であることを知っている。
そして、それを良く思っていない。
「出て行け。」
「待って。話を……」
「そうして、お前らはまた、俺に大切なものを捨てろというのか!?」






「捨てろとは言わないさ。」
割って入った声に、二人は動きを止めた。
「調和神がそんなことを言える筈ないからな。」
夜叉王だった。
「貴様、よくも俺の前に顔を出せたものだな。」
シュラトの罵倒に、夜叉王が顔色を変えた。
切なそうな、痛みをこらえた表情。
迦楼羅王は、夜叉王のこんな表情を見たことはなかった。
冷酷無比で通っている彼に、こんなにも人間らしい感情があったとは。
他の八部衆が聞いたら、どんなに驚くことだろう。
「この前のことなら、私に非があったことを認める。だから、話を聞いてほしい。」
今なら分かる。
修羅王が失くしてしまった、もう一つの大切なもの。
修羅王は、アスラ神族の王だから。
それを奪おうとしたのだ。
許してもらえるとは思っていない。
目の前の少年にとって、夜叉王は見知らぬ他人でしかない。
魂は、焦がれてやまない修羅王であろうとも。
「俺は、お前の言葉なんて信用しない。口でなら、どうとでも言える連中もいるしな。剣を抜け。話はそれで聞いてやろう。」
「ちょっと、シュラトちゃん。」
止めようとかけた呼びかけが、夜叉王の神経を逆撫でしてしまった。
夜叉王は、一度として修羅王にその名で呼び掛けることができなかったのだから。
やや血の気の引いた顔で、夜叉王は剣を抜き払った。
「退いてろ、迦楼羅王。邪魔だけはするな。」
邪魔をすれば斬る。
紅の瞳がそう語っていた。
本気だ。
もっとも、夜叉王に本気以外などあり得ない。
迦楼羅王は、そのこともよく知っていた。
身をもって。











夜叉王が光流を高める。
刀身に風を纏いつかせ、間合いの外から打ち込んだ。
シュラトは結界で風を防ぎ、いつの間にか手にしていた三鈷杵を両手で振りかざす。
金属の弾き合う音。
成長しきっていない細腕で、夜叉王の剣を押し戻す。
飛び退る夜叉王に仕掛けた回し蹴りは空を切った。
ふわりと、体重を感じさせない動作で夜叉王が降り立つ。
その体勢が整わぬうちに、修羅王が三鈷杵を片手に持ちかえて打ち込んだ。
鋭い踏み込み。
間合いの中に入られた接近戦では、夜叉王の方が不利だった。
成長途中で小柄の上、シュラトには恐るべき瞬発力もある。
夜叉王には、シュラトの動きを追うので精一杯。
防戦一方に押さえ込まれていた。
転生前の修羅王と、基本的な闘い方は同じでも、勝手が違っていた。
修羅王は、夜叉王相手に全力を出したことはなかったから。
戦うために生まれたような修羅王は、無意味に人を傷つけるのを忌み嫌っていた。

今、シュラトは本気を出そうとしていた。
(やるな。)
夜叉王が戦いにくそうに、それでも本気で戦ってるのが分かる。
こうして生死をかけて戦っていれば、相手の姿が見えてくるのだ。
夜叉王は、基本的に悪い人間ではない。
少々……いや、かなり思い込みが激しいだけで、むしろ純粋な心の持ち主と思われた。
戦い方に、『覚悟』が見隠れしている。
(どういう奴なんだろう……)
転生前の八部衆としての記憶は欠片もなかった。
分かるのは、自分がアスラの王であったこと。
一族を失い、最期に破壊神を呼び出してなんとか相打ちに持ち込んだことだけだ。
あと、なんとも言いようのない感覚。
転生前、自分は何か約束をしたのかもしれない。
誰かと。



思い出せそうだ。
あと少し……
何かきっかけがあれば。
シュラトの手の内に生まれる、光と熱の奔流。
それを、捧げるように、夜叉王へと放った。
夜叉王の顔に驚き、そして安らぎが表れる。
両腕を広げ、シュラトの渾身の一撃を受け止めるというのか。
(死ぬ気だ!)
そう思いいたった途端、心に燻っていたものが蘇る。
死んで欲しくない。
死なせたくないと。
「ガイ!!」
知らない筈の名を叫んでいた。
失ったものに気を取られて、自分の手で大切にしていたものを失くしてしまうなんて。
「勝手に殺すな。」
爆煙の向こうから声が聞こえた。
人影が近付いて来る。
無傷とは言えない。
それでも、五体満足で生きている。
「お前が認めたのは、そんなに簡単に死ぬような奴なのか?」
夜叉王――というより、ガイだ。
「お前が死ねというなら死んでやる。生きろというなら、生きてやる。それでシュラトがいいと言うなら。」
全然、変わっていない。
シュラトはガイへと手を伸ばした。

〈END〉

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>Post Script
>以前本で出した話です。
>これは、ガイからシュラトへ"対等"を訴えるバージョン。
>Fifty/Fiftyと対になっています。
>
>初出: 夢・世界 第66回配本『Fifty/Fifty2』(1999.6.27)

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