攻撃が一段落し、デーヴァの神将たちは村へと足を踏み入れた。
「妙だな。」
誰ともなく、疑問を口に出し始めていた。
人の気配はある。
そこかしこに。
息を潜めて、じっと隠れている。
妙だ。
まったくもって、好戦的なアスラらしくない。
「罠か。」
夜叉王は村の真ん中に位置する広場に立ち、周囲を見回した。
こちらを窺う、いくつもの気配。
一つ一つに大した力はない。
「面倒だな。」
言い捨ててスラリと剣を抜き放った。
高まる光流に反応し、刀身が白銀に輝く。
夜叉王の足下から、風が巻き起こる。
繊手の一閃。
銀光が一筋、空を切り裂く。
石造りの建物が崩壊する音。
かん高い悲鳴。
崩れる落ちる建物の陰から逃げ出したのは、十人ばかりの子供だった。
毒気を抜かれ、立ち尽くす神将たち。
姿を見られ、覚悟を決めたのか。
子供達は口々に叫ぶ。
デーヴァは帰れ。
アスラも帰れと。
言葉とともに投げ付けられる石礫。
小さな光流弾も頼り無い。
それらへと、夜叉王が剣を振るう。
無表情に。
鎌鼬が、子供らへと襲いかかる。
避ける間もない。
死の恐怖に固まった少年たち。
その目前で、光流が弾けた。
一瞬にして現れた、強固な結界が命を救ったのだ。
夜叉王の顔に感情が生まれる。
し損じたからではない。
手を抜いたとはいえ、八部衆の光流を軽く止めたのだ。
結界を張った何者かは、八部衆に並ぶ実力を持つことになる。
あるいは、それ以上か。
(アスラの上級魔神将か。それとも未確認の十二羅帝か。)
結界の主を探す。
もしかしたら、探し求めている仇かもしれない。
「デーヴァの神将ってのは、礼儀がなってねぇな。」
落ち着き払った、少年の声。
元は神殿だったらしい建物の向こうから、黒髪の少年が歩いてくる。
年は、十五、六歳位か。
「シュラト!!」
「戻って来てくれたんだ!」
子供達の歓喜の声。
呼ばれた名に驚き、夜叉王は少年を見つめた。
修羅王と同じ名を持つ少年。
伸ばしっ放しの漆黒の髪。
太陽に愛された褐色の肌。
強い意志の輝きを宿した瞳。
やや小振りだが、夜叉王の記憶にある修羅王に酷似していた。
「お前、八部衆か?」
シュラトと呼ばれた少年が、夜叉王と対峙する。
八部衆を前にしながら、少しも臆するところがない。
それどころか、遠慮のない責めるようなきつい眼差しを向けていた。
「凄まじい光流だな。人を殺すのは、そんなに楽しいか?」
間違いない。
この台詞――『修羅王』だ。
「で、どうした訳?」
興味津々と訊いてきたのは、華やいだ雰囲気の金髪の青年だった。
天空殿に戻り、報告もそこそこに済ませば、自室には噂好きの迦楼羅王が待ち構えていた。
どこから聞き付けたのか。
まずい奴に捕まったものだ。
「見ての通りだ。」
顔や手足――ようするに剥き出しになっていた箇所に無数の細かい傷を負っていた。
擦過傷や火傷がほとんどである。
髪を結っていた紐も切り落とされ、幾分不揃いになった髪が顔にかかっている。
八部衆の、しかも夜叉王が、これほどの醜態を晒すとは。
「あんたが顔に傷こさえて来るなんてね。相手はあたしら八部衆より上ってこと?」
治療している夜叉王の隣に腰掛け、好奇心むき出しに訊ねてきた。
「いや、それはない。」
自分たちより強くても、彼も八部衆なのだから。
「そう言えば、相手は子供だってね。油断でもしたの?」
まさか、そんな筈ないわよねという心の声が聞こえてきそうだ。
候補生時代から同期だった迦楼羅王は、夜叉王をよく知っている。
建て前も、本音も。
夜叉王がどれほどアスラを憎んでいるかも。
女子供だからといって、この夜叉王が見逃するわけがないことも。
たとえ、赤ん坊だろうと迷わずに殺すだろうことも。
「ただの子供なんかに負けて、どうする気?」
指揮官が一騎討ちしたなんて、褒められたものではない。
何よりこの場合問題なのは、八部衆がアスラの少年一人に負けたということだ。
決着のつかぬままに追い出されたのだが、相手は無傷だというから夜叉王の負けだろう。
八部衆が子供に負けたとあっては、神将どもを不安にさせる。
「ただの子供じゃない。」
他の神将どもには、彼が『修羅王』の転生とはよもや分かるまい。
「あれは『修羅王』だ。」
「なんですって!? それは確かなの?」
「私が『修羅王』を見間違えると思うのか。」
それこそあり得ない。
代々の彼らの因縁を無視しても、この夜叉王なら修羅王の魂を決して見落とすまい。
「それを先に言いなさいよ!」
(修羅王の転生者が、アスラ神族の中にいたですって!?)
八部衆のメンツがなんて言っている場合じゃない。
早く手を打たねば。
修羅王が敵の魔神将として参戦する前に。
考えをまとめて隣に目をやれば、手当てを終えた夜叉王が膝を抱えてうずくまっていた。
怒られた幼子のように。
「ちょっと、夜叉王! こんなときに、何落ち込んでんのよ!」
(これからが大変だってときに何してんのよ、こいつは!)
「修羅王に……嫌われた。」
夜叉王の気落ちの原因は、それだった。
確かに、それだけで充分だろう。
負けたこと位で夜叉王が落ち込む訳がない。
容赦のない攻撃を喰らわされた挙げ句、『最低』と宣言されたのだ。
出直して来いとも。
「ああ、もう。勝手に嫌われてなさい。その間に、あたしが会いに行って来るから。」
ギョッとして、夜叉王は顔を上げた。
「ま、待て!」
思い出したのだ。
修羅王に多大な好意を抱いてたのは、夜叉王だけじゃなかったことを。
「フフン、あんたはおとなしく怪我を治してなさい。」
「迦楼羅王!」
「吉報祈っててね。」
ヒラヒラと手を振り、迦楼羅王が扉の向こうに姿を消した。
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