手を濡らす鮮やかな真紅
色褪せてゆく記憶中で、それだけが真実だった








砕け散った白い神甲冑の破片。
力なく投げ出された、意外と細い手足。
流れ出る血を吸い、大地が紅に染まってゆく。
近づく慣れた気配に、少年は閉ざしていた目を開いた。
「悪い、夜叉王……」
己の身体の苦痛より、残してしまう片割れに心を痛める。
「どじっちまった……」
一人は辛い。
独りは哀しい。
残されるのは嫌だ。
自分がそうだったから。



「なんでお前が……どうしてお前程の奴が……」
八部衆最強の戦神と称えられている修羅王が、こんな所で死んで良いはずがないと。
夜叉王は、震える手で抱き起こす。
壊れ物に触るように。
「神将なんだから、戦場での失敗を自らの命で贖うのは当然だ。」
己の死を冷静に受け止めている少年に、夜叉王が小さく首を横に振る。
「逝くな、修羅王。」
腕の中で、しだいに黒髪の少年の存在感が希薄になってゆく。
逃すまいと、腕に力を込めた。
少年が深く息をつく。
しょうがないとでも言うように。
口許に微苦笑。
「また逢えるから……それまで、きちんと生きろよ。俺が還って来たときに、恥じることのない生き方をしろ。そうしたら、俺は……夜叉王の前に還る。」
後を追ってきたら許さないぞと釘を刺す。
残される者に『生きろ』と言うのが、どんなに酷なことかなんて分かっている。
それでも、言わずにはいられなかった。
戦場の鬼神と呼ばれる夜叉王は、自分自身の命に対する執着が薄すぎるから。
己の存在価値に気付いていないから。
生きる意味を見失ってしまうかもしれない。
生きてさえいてくれれば、そう遠くない未来にまた逢えるのに。
この天空界には、『転生』がある。
輪廻の輪の中で生まれ変わりを繰り返すのだ。
そうして、自分は『夜叉王』にまた逢えた。
ともに過ごした時間を憶えていなくとも、心惹かれた同じ魂に。
『夜叉王』だから気に入ったわけではない。
先代も、目の前の彼も、称号を受ける前に出逢っていた。
代々の修羅王と夜叉王は、深い因縁で結ばれていたそうだが……関係ない。
自分は自分だ。
気に入った相手が、たまたま『夜叉王』だっただけだ。
「約束…だ……」
転生したら、二人の夜叉王に逢えたことを忘れてしまうのだろうか。
この約束も。
いや、記憶なんてなくてもかまわない。
この想いさえ残れば。
夜叉王の腕の中、光の粒子に還る。
残されたのは、黄金の獅子の護子のみ。
「シュラト……」
その呼びかけに返る声はもうない。








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