『幻となった年月』
うかない表情をしている同僚に、どうしかしたのかと問いかけた。
「ずっと後悔していることがあるんです。」
思ってたより深刻そうな様子に、揶揄うのは止めて耳を傾けることにした。
「日々のちょっとした出来事が、未来を決定する鍵になることがある……あれもそうだのではないかと。」
歩き出すとき、右足からと左足から、それで結果が違うことがある。
事故などの『その瞬間』に軸足をついていた場合の方が、どうしても反応は早い。
思いがけない事故を回避できる可能性が変わるだろう。
そんな話に、また何を思い悩んでいるのかと気が重くなった。
黒の光流に捕われていたときと、違いがあり過ぎるのだ。
これが可愛い女の子ならば、『ギャップ萌え』ということもありだが、同年代の同僚相手ではどうしようもない。
ただ、あまり思い悩まれては、また迷い水騒動にでもなりかねない。
あまり気は進まないけどと、同僚の悩みの元を問いただしてみる。
「中学三年の正月、秋亜人と初詣に行ったときのことです。」
人間界における初詣とはどんなものなのか、天空人のレイガにはピンとこない。
天空界では、神は目に見えてそこにいる存在だ。
「詣でる場所によって祈る対象も異なるのですが、新しい年の初めに神仏に願い事をすることです。」
大晦日から参詣する二年参りと呼ばれるものもあるらしい。
「あの時、なんで年月を限定して願ってしまったのか……」
それが悔やまれるのだと言う。
「もしもし、ガイ君?」
多くの願いを聞き届ける神様に、間違いなく届くよう、より具体的に祈る方法が推奨される向きもあるのだとか。
昭和六十四年四月、秋亜人と遼西高校に入りたい。
その願い方が間違っていたのかもしれないと言う。
「あの子、あんたと同じ高校に受かったって言ってたわよ?」
だから、願いは叶ったのではなかったのか。
「……昭和六十四年は一週間程しかなかったんです。元号は平成に変わりました。だから、入学式のある四月は『昭和六十四年』ではなく『平成元年』でした。」
『昭和六十四年四月』が幻になったせいで、願いがきちんと叶わなかったのかもしれないと言い出したのだ。
元号とは、天空界の暦でいうところの『サーマ』と同じようなものと考えていいのだろうか。
調和期の『サーマ』が破壊期の『アタルヴァ』になったら、それは大事だ。
天空界が終わりに向かっているという意味なのだから。
それは深刻だと考えかけた瞬間、隣の同僚が背後から押しつぶされていた。
ずっしりと背に乗りかかっているのは、彼の親友だ。
悩みの種でもあるが。
「また、悩み事か?」
問いかける様子は、悩みなんて縁の薄そうな全開の笑顔だ。
「これでも食って元気出せって。」
と、色とりどりの大きな豆のような物が入った器を親友の手に押し付ける。
豆というか、半透明で光に少し透けるこの物体は何なのだろうか。
レイガは目にしたことのない物体だ。
食べろってことは食べ物なのだろうが、悩める同僚が目を見開いていた。
「昨日から姿を見ないと思ったら……」
「ゼリービーンズ、好きだろ? まあ、俺一人じゃ作れないから、ラクシュや厨房のみんなに手伝ってもらったんだ。人間界と同じ果物はないから、ダンにも手伝ってもらってルグの実とか色々集めたんだぜ。」
意外と手間かかるんだなと言いつつ、目の前で一粒口に放り込む。
「悩みがあるときとか、疲れたときは甘いものが良いんだろ。元気出るし。」
「それは、シュラトちゃんでしょ。」
一口食べてみると、想い出とは異なる味だが、甘さが染み渡るような気がする。
「ありがとう、秋亜人。」
「人間界からのレシピ探しとか、みんな手伝ってくれたんだからな。心して食えよ。」
「で、こんなに手の込んだもの作るなんて、どうしたのよシュラトちゃん?」
と、聞いてもらいたかっただろう質問を投げかけてやる。
どうせ、悩める同僚は気付いてないに違いない。
「凱の誕生日だからに決まってるだろ。昨日のうちに完成させるつもりが、今朝までかかっちまったけどさ。」
おかげで、徹夜だと言う。
「え?」
「誕生日おめでとう、凱。これからもよろしくな。」
あったかもしれない日より、ここにある今を大切にするべきだ。
ともに在る日々を。
<End>
>Post Script
>凱の誕生日祝いの小話です。
>最近、ネットで昭和64年ってあったのかって話を見かけたので、それを元ネタに。
>初詣でお願いするとは、住所や氏名とか詳細にお願いした方がいいって話も聞いたので、黒木君ならやってるんじゃないかって妄想。
>当時はTV編放映前でしたね。
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