『代え難い日常の中で』














「どうした秋亜人、夜更かしでもした?」
元気が取り柄の親友が、珍しく朝から疲れたような気配を纏わせているのが気にかかった。
気付かないフリをしてあげるべきか迷ったが、凱は声をかけずにはいられなかった。
「なんか、今日は朝から微妙に運が悪くてさ…」
本当に珍しい。
凱に比べて、秋亜人はどちらかというと運が良い方だ。
朝から一番奥の歯が虫歯でシクシクと痛み、家を出ようとしたら靴が毛だらけになっていたという。
どこからか入り込んだ野良猫が、秋亜人の靴の上で寛いだらしい。
時間に余裕がない中てせそれを払い落とし、玄関の戸を開けたら目の前にムカデが降って来て当たりそうになった。
触れる寸前で反射的に避けたので、接触は免れたものの顔に触れるかという距離にムカデは驚くだろう。
秋亜人は虫が嫌いというわけではないが、好んで触れたいものではないのだろう。
二回以上噛まれると、体質によってはショック症状を起こすこともあると聞いたことがある。
だから、触れない方がいいのは間違いない。
「……それは、朝から災難だったね。」
「虫歯のことを母さんや由美子にも言ったら、何となく微妙な表情されるしさ。」
「それはそうだろうね。」
思わず零れた凱の呟きに、秋亜人が反応する。
「凱、何か知ってるのか?」
祖父も挙動不審で、何か隠している風だった……除け者にされたようであまり良い気がしなかったらしい。
そんな中、秋亜人の父だけはいつも通りに朝飯を食べ、新聞を読んで出勤して行ったという。
「とりあえず、学校終わったら付き合うよ。」
「付き合うって、何処に?」
「……歯医者だよ。」
特に、奥歯が万全でないと、試合をしていても気になってしまうだろう。
などと、最もらしいことを言って親友をその気にさせる。
「歯痛で気が散ってる秋亜人と試合は御免だからね。」
試合をするならば、全力が良い。
二人で戦うときに、お互い以外に気を逸らされるのは嫌なんだ。
そう言われれば、秋亜人とて歯医者にかかるのをは嫌だとは言いにくかった。
試合中に、目の前で凱が秋亜人から気を逸らしたならば、己も間違いなくそう感じるだろうから。

凱の隠し事が何だったのか。
それに気付いたのは、治療から戻ったときに用意されていたケーキを見たときだった。
秋亜人の母と由美子に頼まれて、姉からあすすめの店を聞いた凱が用意したものだという。
年齢の数だけロウソクを灯し、生まれてきたことを祝った。

それは、こんなささやかなやりとりが、とても代え難いものだと気付かされる少し前のことだった。



<End>



>Post Script
>秋亜人の誕生日祝いの小話です。
>運の悪い出来事ネタは、今週の私から。
>靴じゃなくてバイクのシートが猫の毛だらけで、ムカデはバイクのハンドル動かしたら飛び出した……
>ちなみに、ムカデに遭遇は今年3匹目。


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