『お仕事に、事前調査は必要です』
我らの配下に下れ。
調和神を奉じるデーヴァから来たという使者の言葉を要約すると、そういうことらしい。
とりあえず、話し合うからちょっと待てと、時間をもらうことにした。
即答できることでもないだろうに、使者は今日中に返答しろと言う。
従えたいのではなく、宣戦布告に来たの間違いではなかろうか。
それとも、己の外見のせいで甘く見られたのだろうか。
天空界において、外見が実年齢と一致するとは限らないのだが、少年の場合は見た目と大差なかった。
先代が、先の夜叉王と相打ちになったため、王位を継ぐことになったのが早かったせいである。
考えることが苦手なので、部族の主だった者らを集めて問いかけた。
「連中、本気で言ってると思うか?」
デーヴァを騙り、波風を立てようというどこぞの罠ではないか。
そういう声も、そこかしこから上がる。
本気で話をまとめる気があるのかが、どうにも怪しいというのだ。
いきなり、使者を一人よこしてまとまる内容じゃない。
「夜叉の所はどうしている?」
戦端を開いた理由すら分からなくなる位、長年に渡って戦っている相手だ。
どうせ、誰か様子を探りに行かせてるに違いない。
案の定、すぐに返答があった。
「現在の所は、静観している模様。我らの動きで決めるつもりなのかも知れませんな。」
何代にも渡り戦い続けているとはいえ、現在の王同士の仲が悪いわけではない。
むしろ、権力争いをするような一部の臣下よりは信頼できると思っている。
「俺と戦える側に付く気……な訳ないだろうが。
あいつは優し過ぎる。
本人はともかく、民を巻き込むような、必要以上の戦いはしないだろう。」
だから、おそらくデーヴァの提案を受け入れるんじゃないか。」
少なくとも、今の夜叉には修羅王とデーヴァの双方と戦う余力はない。
「それで、我らが王はどうなされるおつもりですかな。」
「うちの守護神様の問題もあるしなぁ。もうちょっと考えさせてくれ。」
「考えても、答えは変わらないでしょうに。」
「そう言うな。使者はぎりぎりまで待たせておけ。その間、どうもてなすかは、お前らに任せるから。」
それじゃ、ちょっと体動かしてくると言い置き、外に出る。
自室へと向かう回廊から外を見ると、小ナーガが悠々と旋回しているのが見えた。
その足には、銀細工の足輪が控えめに光っている。
「なんて時に来るんだよ。」
だが、体を動かしたいのだからちょうどいいかもしれない。
いつもの待ち合わせ場所に向かう。
目立つ銀髪を外套で隠して立つ姿が見えた。
少年よりやや大人びて見えるが、聞いた話だと同い年らしい。
「随分、急な呼び出しだな。」
「都合が悪かったか?」
「まぁな。今、うちにデーヴァからの使者が来ている。
お前の所にも、来たんだろう?」
「うちの方が、お前の所よりデーヴァに近いからな。
お前の所に向かうから、返答はその帰りでいいと言っていた。」
「『帰り』があると思ってるのか。暢気なもんだ。」
主な戦場から離れているものの、ここはアスラの勢力圏内。
デーヴァの者にとって、敵地なのだ。
「まさか、もう始末したのか。」
修羅王自身はともかく、彼の部族は非常に好戦的だ。
王に会わせる前に片付けてしまわないとは言えない。
使者と直接話したから、夜叉王にも分かる。
手を出してくれといわんばかりの態度。
あの人選は、わざとなのか。
「返答まで好きにもてなしておけって、あいつらに任せて来たからさ。」
だから、命に別状はないだろうと少年は言う。
ブレッシャーをかけまくったりは、しているだろうが。
「頭を使うのは、どうも性に合わなくてさ。
考えをまとめるのに、体を動かそうと思ってたんだ。
せっかく来たんだから付き合えよ、夜叉王。」
そう言って、少年は手合わせを求める。
手合わせといっても、いつもの武器を使う真剣勝負だ。
辺りの地形が少々変わった頃、少年の考えもまとまったらしい。
少年が無意識に発する光流も、揺らぎが収まっていた。
「それで、どうするつもりなんだ。」
「答えは最初から決まっている。」
裏切りは、少年の好むところではなかった。
黒の光流の性質から、現在の破壊神があとどの位の間正気でいられるかは分からない。
正気を失ったとき、どれだけの者が引きずられることになるか……
でも、今はまだその刻ではないのだ。
「だいたい、うちに話を持ってくること自体があり得ないとは思ってるぜ。
うちは、末端もいい所とはいえ、アスラ神族の端くれ。
デーヴァとは敵同士だ。」
それなのに、寝返りや裏切りを勧めるのではなく、当然そうあるべきなどと言って来たんだ、あの使者は。」
「せっかくの記念日なのに、無粋な使者のせいで台無しになったな。」
夜叉王の言葉に、少年が怪訝そうに首を傾げた。
「記念日?」
「今日は、修羅王の誕生日だろう。」
「……忘れてた。朝っぱらから、デーヴァの使者が来たりしたものだから。」
そういえば、部族の連中も常になく随分と苛立っていたように思う。
パーティーの準備万端なところに、迷惑な客が来てくれたのだとしたら……
「修羅王の生まれた日なのだから、部族の皆も色々準備していただろうに。
せっかくの祝いの日を台無しにしてくれた使者に、八つ当たりしているだろうね。」
手遅れになったりしていないだろうか。
まさか、訪問日が王の誕生日だったせいで戦端が開かれるなんてことには……
「生まれてきてくれて、ありがとう。」
急いで戻ろうとする少年の背に、夜叉王が呼びかけた。
<End>
>Post Script
>秋亜人の誕生日祝いですが、修羅王での祝い話です。
>絵にしようか色々迷っていたのですが、やはり小話で。
>お仕事を本気で成功させるなら、根回しや事前調査は大切ですよ……と。
>このところ忙しくて帰り遅かったのですが、残業中に近隣部署の部長さんがしきりにそんなこと言ってました。
>とっても、軽いノリで冗談めかせてましたが、方針の決裁一つもらうにしても、大変らしいです。
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