『すれちがい』














「どうした、夜叉王。溜め息なんぞついて。」
背後からの声に、慌てて振り向く。
そこに立っていたのは、黒ターバンに黒衣の男だった。
暑くないのかと聞くのはヤボだろう。
心頭滅却すれば、火もまた涼しと言うではないか。
それに、ガイが気にかけるべき相手は、この男ではない。
「雷帝インドラ……何故ここに?」
「何を言っている。ここは天霊界ではないか。」
そうだった……ここは天霊界??天空界で死んだ者の魂が次の転生まで一時的に過ごす世界だ。
「ああ、また天空界を覗いていたのか。」
ガイの手許、水を張った器の水面を覗き込んでいた。
「勝手に見ないで下さい!」
「……八部衆は相変わらずだな。」
立ちのぼる湯気に、インドラが湯呑みを手にしていることに気付く。
当然ながら、熱々の中身が入っていた。
「何、一人で呑気に茶をしばいているんですか!」
「お前も飲むか? 今日は賣茶翁のみちのくせんべいが手に入ってな……」
そのお誘いが目的だったらしい。
いつの間にそんなレアな物を入手したというのか。
通販不可、取り置き不可で売れ切れ御免な老舗の茶菓子を……那羅王か。
覗いている先に、彼女の姿はなかった。
そうじゃなくて……
「あれを放っておいていいんですか!」
凱が覗いている先では、人間界で起きた天災をなんとかしようと
暴走しかけているシュラトを八部衆たちが止めているところだった。

何の為の力なのか……
後継者と呼ばれても、何も出来ない……

その言葉が、ガイの胸にも刺さる。
己も、見ていることしかできないのだ。
「ここの住人は、天空界に干渉することは出来ない。分かっているだろう。」
「分かっていますが、彼らに秋亜人を止められると思いますか!」
「思わぬな。だが、止めてもらわねばならない。」
人間界と天空界は表裏一体。
彼らがやらねばならないこと、できることは、他にあるのだ。
「それを修羅王に伝えてやればいい。」
「事も無げにおっしゃりますがね……シュラトの声は大きくてここまで簡単に届きますが、逆は難しいんですよ。」
シュラトが眠っているときや、気を失っているときでないと、はっきりした言葉を届けることができない。
向いている方向は同じだというのに、思うようにならないもどかしさがある。
「相変わらずだな。余裕をもって、すれ違いも楽しめるようになれないのか。」
「……一万年位経てば、そうなれるかもしれませんね。」



<End>



>Post Script
>昨夜、大部分書いてアップする前に一眠り……と思ったら、次の朝になっていました。
>ガイの誕生祝いですが、あまり報われてない気がするのは、うちの仕様かと……
>話中の「賣茶翁」は仙台の和菓子屋です。一見、民家にしか見えない店。先週友人と会いに行って、寄って来ました。


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