『願いとともに』
デーヴァ神軍とアスラ神軍との戦いは、熾烈を極めていた。
天空樹へと至る拠点を守るべく、八部衆は二手に分かれ、四天王軍と連携して三交替で出撃していた。
敵の攻撃は昼夜を問わず続いている。
幾度目かの出陣を目前にし、夜叉王は本陣から少し離れて一人で身支度をしていた。
今回、彼は夜中から朝までの割り当てだった。
愛刀をすらりと抜き放ち、最後の点検をする。
細かな傷はあるが、まだ大丈夫。
灯りの柔らかい光が、刀身にゆらゆらと映り込んでいる。
−−絶望的な戦いだ
心の隙間に忍び込む声なき声。
今のは、己のものなのか。
−−大切なものすべて、失うことになる
脳裏にかけがえのない少年の姿が浮かんだ。
−−このままでいいのか?
その問いに応えようとした瞬間……
「次の陣、間もなく出るぞ!」
響きわたった声で、現実に呼び戻された。
今のはいったい……
「夜叉王?」
行き違って逢えないと思っていた少年の声。
「無事か、修羅王。」
「こうして戻って来たんだ。見れば分かるだろう?」
そう言う少年は、戦いに支障が出るような大怪我こそなかったが、全身にいくつもの新しい傷を負っていた。
解けかけた包帯の下から覗く、光流で無理矢理塞いだようなものもある。
相変わらず、無茶をしてくれるものだ。
「少し顔色が悪いんじゃないか?」
やや下から見上げてくる、黒い瞳。
夜叉王の頬をそっとはさみこむと、己の方に引き寄せて額を合わせた。
「熱はないな。」
でもと呟き、彼の肩と腰にに腕を回し、抱きしめてくる。
触れた所から流れ込んでくる温かいもの。
「俺の光流だ。少しは足しになるだろう。」
「しかし、お前は帰ってきたばかりで消耗しているじゃないか。」
「夜叉王が帰って来るまで休ませてもらうから大丈夫さ。心配なら、俺が次に出るまでに帰って来てその目で確かめればいい。」
そう言って笑顔で送り出してくれた。
夜明けまで続く攻防戦。
更けてゆく夜とともに、心に囁きかける声の頻度が高くなってくる。
これも黒の光流の攻撃の一種か。
その度に、修羅王から分けてもらった光流の熱を思い出した。
出陣前の不安は、もう感じない。
押されて戦線が後退し、敵陣の中に残されても独りではないと実感できる。
修羅王の光流を全身に感じる。
彼がともに戦っているのだ。
足しなんてものじゃない。
あの怪我の上にこんなに光流を分けて……
周囲の闇が一層濃くなってきた。
夜明けは近い。
少年のことを考えていたら、唐突に思い出した。
「今日はあいつの生まれた日じないか。」
ならば、なおのこと無事に帰らなければならない。
その想いが、疲労した体に新たな力を与えてくれる。
山端が白み始めている。
次の陣と交替するまで、あともう少し。
今度は、夜叉王が修羅王を送り出す番だ。
無事に帰ってこいという願いとともに。
<End>
>Post Script
>うちにしては、甘いかなと思って書いてました。
>ここ、天空殿の中じゃなくて、夜叉王は天幕から少し離れているだけの野外にいたから、壁がない場所なんですよね。
>距離はとってても、おでここっつんやってる二人の様子は周囲から丸見えでした……
>ちなみに、同じ陣にいる他の八部衆は闥婆王と比婆王の二人です。
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