『秋の行事』
勢い良く、扉が開かれる。
ここは、新天空殿の八部衆に割り当てられた執務室だ。
そこに乱入して来たのは、男女混合の天空殿務めの者たちだった。
「修羅王様と比婆王様はいらっしゃいますか!」
彼らの剣幕に圧されながら、ヒュウガが答える。
「あいつらがどうかしたのか?」
「厨房から、試作品の焼き菓子を持ち出して逃げてしまったんですよ。」
「しかも、全部ですよ全部。」
口々の訴えに、ヒュウガが頭を抱える。
「あいつらは、また……」
呟きながら拳を握り、怒りを抑えようとしているヒュウガの傍らで、リョウマが声を殺して笑っていた。
「笑い事ではないぞ、リョウマ!」
八部衆の立場というものをだな……と続ける。
「あいつらときたら、仕事もせずに、面倒ばかり起こして!」
「まぁ、そんなにカリカリと怒るな、ヒュウガ。あの二人から書類仕事を取り上げたのは、お前だろう。」
「……任せたら、余計に仕事が増えたからだ。」
「誰にだって、得意なものと苦手なものがあるものだ。あいつらの為にも、任せて見守る必要もあると思うぞ、俺は。」
「それも分かるんだが……」
頭で分かっていても、できないのだ。
元の仕事が、何倍にも膨れ上がってしまうと分かっているのだから。
「そう言えば、どうやって修羅王様たちは今回の試食をお知りになったんでしょう。」
今回のは、調和神のご意向で秘密裏に人間界の焼き菓子を作ってみたのだという。
うまそうだと呟き、ダンは黄色く焼き上がったタルトをしげしげと眺めていた。
「情報提供してくれたクウヤに感謝だな。」
不審者の侵入がないかと、見張り当番だったクウヤが闥婆水面鏡で見張っていて、厨房の不審な動きに気付いたのが昨日。
見慣れない黒っぽい深緑の球体が運び込まれ、怪しいと思ったので二人を差し向けたのだ。
いつものように厨房に侵入すると、黒っぽい物体の残骸は捨てられ、代わりに黄色の菓子が所狭しと並んでいた。
放っておく手はないと、全部持ち出してきたわけだ。
シュラトの手には、様々な形・サイズのクッキーやケーキが載った皿がある。
「これは、カボチャ尽くしだな。」
「カボチャって何だ?」
聞き慣れない単語に、ダンが聞き返した。
「人間界の野菜の一種だ。」
「へぇ、これは果物じゃなくて野菜なんだ。」
「そういや、秋にハロウィンがあったな。」
「人間界の祭か?」
ダンの疑問に対する答えを、シュラトは持っていなかった。
「あれは祭っていうより行事なのか?
10月末にカボチャをくり抜いたランタンとか作って仮装して、子どもたちが家々を回ってお菓子をもらうって
凱に聞いたことがあるけど。
もとはイギリスか何処か外国の習慣らしくて、俺も詳しいことを知らないんだよな。」
そういえばと、空中で瞑想したままのクウヤが口を開いた。
「10月はあなたの生まれた月ではありませんか?」
よく知ってるなと呟いたシュラトに対し、ダンが訊く。
「その10月ってのが天空界のいつなのか知らないけど、何日だよ。」
「10月10日だ。俺も、それが天空界でいつになるのかは知らないぜ。」
「人間界の10月は、天空界の紺の月から緋の月にあたります。それで、10日というのは、今日ですね。」
「黒の月生まれの俺より後か……って、今日?!」
驚いたままのダンをよそに、クウヤが地面に足をおろして近づいてくる。
「おめでとうございます、シュラト。」
その声に我に帰ったダンも、
「おめでとう。とりあえず、ここに居る奴とあるものでパーティーといこうぜ?」
他の連中に知られると、つまみ食いやら何やらで怒られるだろうから。
誕生日に説教は勘弁してほしいものだ。
「バレたらバレたで、パーティー第2弾ですね。」
<End>
>Post Script
>街中がハロウィン一色なので、それにからめて……
>これだけお菓子があふれていると、ラクシュが食べたいと言い出すかと思って。
<お手数ですが、メニューに戻るときはウィンドウを閉じて下さい>