『移りゆくもの』













「あの……少しお時間をいただいてもよろしいですか?」
かけられた声に、ヒュウガは書類から視線を上げた。
目の前にいたのは、神将候補生数人である。
見かけ通りの年齢である彼らは一様にして若く、かつてのアスラ神軍との戦いより後の生まれであった。

己にもこんな時代があったなと懐かしく感じていると、彼らが真面目な表情で質問があると言う。
「創造神の後継者……修羅王様がお生まれになられた日を御存じでしょうか」
まず、『修羅王様』という呼び方に、ヒュウガは第一の衝撃を受けた。
確かに、シュラトは創造神の後継者だ。
ただ、八部衆の面々にとって、シュラトはシュラトなのだ。
創造神の後継者というよりも、
八部衆の修羅王というよりも、
命をかけて使命を果たした戦友……仲間という感覚が近い。
間違っても、二重に敬語を使う相手ではなかった。
少し深呼吸をし、内心の動揺を押し隠して問い返してみる。
「知ってはいるが、それがどうかしたのか?」
きつい言い方にならぬよう気を付け、最後に笑顔でダメ押ししてみる。
しばらくして、怒られるのではないかとおどおどしていた彼らが、意を決したように口を開いた。
「調和神ラクシュ様の生誕を祝う日はあるのに、修羅王様の方は何もないというのは、不公平ではないかと思いまして。」
調和神も、創造神も、ともに世界を支える神々の一人なのだからと言う。
そういえばと、少し前にシュラトが候補生の修行に飛び入りしたことがあったなと思い出した。
その時にシュラトと直接手合わせをした者たちだろう。
良くも悪くも、シュラトは人を惹き付ける所がある。
戦っている姿などは、特にそうだ。
本人の日常を知らない候補生が、憧れを抱くのも分かる。
シュラトとラクシュの扱いの差に、抗議(?)に来たというところか。
「いや、昔はそういう日もあったんだ。色々あって廃止になっただけだ。」
一度だけやってみたのだが、シュラト本人の猛反対で取り止めになったのだ。
曰く、窮屈で堅苦しいと。
本来、そんな理由で止められることではないのだが。
それでも、シュラトが本当に辛そうだったので、八部衆全員の反対で廃止にさせたのだ。
創造神の後継者の誕生日ということで、ブラフマーの神甲冑を継承した日を祝ったせいである。
シュラト自身にとっては、ガイのことを思い出させられることになるからだ。
「ということは、いつなのかは御存じなんですね。」
「まぁ、そういうことになるな。」
「いつなんですか?」
言っていいものだろうか。
候補生らの期待の眼差しを受け、他言無用と前置いてヒュウガが口を開く。
少し申し訳ない気がしつつも。
「……今日だ。」
「今日だなんて、準備が間に合わない!」
それ以前に、ここ数日修羅王様をお見かけしてない!!」
案の定、候補生らが慌てだした。
シュラトは普段、天空界中を修行と称して旅して歩いている。
常に天空殿へ滞在しているわけではない。
というより、空けていることの方が多い。
「一応、夕方位までには天空殿に顔を出すと思うぞ。
 ダンが迎えに出ているからな。」
若い連中は知らないだろうが、八部衆とラクシュの内々での誕生日祝いは毎年続けていたのである。
ただし、天空界の暦に疎い本人にいつも忘れられているので、手空きの仲間が呼び出しに行くのが常だった。
「格式張った祝いの口上より、ルグの実一つでもいいから渡しておめでとうと言ってやった方があいつも喜ぶ。」
それと、本人が嫌がるだろうから、あまり他の人間に知らせないでくれとも付け加えた。
「ありがとうございました!」
急いで準備しようと、候補生たちが慌てた様子で退室して行く。



「それじゃ、俺も準備に加わるか。」
そう呟くと、ヒュウガはダンが処理するはずだった書類に代理でサインを入れると処理済みの箱に入れた。
シュラトを発見し、かつ新天空殿まで引っ張って来る依頼と引き換えに受けた業務だった。



<End>





>Post Script
>今回は趣向を変えて、誕生日を祝われる本人ではなく、周囲の話にしてみました。
>調和神や創造神の生誕の祝いってなったら、天空界をあげての大事になりそうで、
>人間界育ちのシュラトはとても嫌がりそうだなと思いまして。




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