『変わるものと変わらぬもの』
起床時間より前、太陽が昇って間もなく起き出した。
神将候補生に割り当てられるのは、たいていが大人数部屋だ。
気配を殺し、同室の者たちに気取られぬよう部屋を抜け出す。
漏れ聞こえて来る噂話によれば、彼の光流は少し変わっているらしい。
そのせいで避けられることが多々あり、皆と同じ場で訓練を受けることに苦痛しか感じなくなっていた。
訓練生用の修練場から木刀を拝借し、あまり使われていない倉庫の裏を足早に目指した。
途中、遠くから反響して来る呼び声があった。
「……トちゃんってば、待ちなさいよ!」
恐らく階上の住人たち……上級神将だろう。
言葉遣いに反して、男声だったような気もしたが、一候補生に過ぎない自身には関係ない。
いつもの定位置に辿り着くと、軽く体を慣らして木刀を構える。
脳裏にイメージを浮かべ、しばらく型通りの稽古に励んだ。
しばらくして、回廊を走る足音が近付いて来た。
「お前、候補生だろ。こんな所で何してんの?」
上から声が降って来る。
見慣れない黒髪の少年の顔が見えた。
候補生の中で見たことがないということは、彼自身より少し年上なのだろうか。
「見れば分かると思いますが。」
こんな場に一人でいる理由を聞かれたくはなかった。
思ったより、自分は周囲の言葉を気にしていたのかもしれない。
「いや、訓練してるのは分かるけどさ。ここは、候補生が気軽に来るような場所じゃねえし。」
結界があっただろと言われ、首を傾げた。
「そうなんですか?」
ここには何十回も足を運んでいたが、違和感をおぼえたことなどついぞない。
「なんだ、知らないで来てたのかよ。ま、お前相手じゃ、意味のない結界だけどさ。
ともかく、見つけたのが俺で良かったな。」
他の連中に見られたら、ただじゃ済まなかったぞと言いつつ、
手摺から身を乗り出すとそのまま飛び下りて来た。
先程までいたのは五階だった筈だが、楽々と降りて来るとは随分と身が軽い。
「手合わせしてもらってもいいか?」
と言いながら、近くに落ちていた適当な枝を拾い上げ、余分な小枝と葉を落とした。
木刀よりに比べれば、かなり短い。
そんな物で手合わせできるのかとの侮りはすぐに感心と焦りに変わる。
とにかく、少年の動きは早い。
彼の攻撃を見切っているようで、右手の枝で木刀を受け止めて流し、油断すると蹴りが襲って来る。
その蹴りの鋭いこと。
掠っただけで、彼の銀髪が数筋はらりと散る。
候補生や教官の神将と全く異なる攻撃に目を奪われた。
訓練をしていて、これほどの高揚感を覚えたことはない。
いつしか、時間が経つのを忘れていた。
またしても回廊から声が振って来た。
今度はもう少し近い。
見上げると、二階だった。
「見つけたわよ、シュラトちゃん。ってそっちの子は……」
「なあ、レイガ。例の出し物、これと一緒にやりたいんだけどさ。いいかな?」
金髪の青年の言葉を遮るように、黒髪の少年が良いかと問いかける。
こちらを見て事情を察したらしい。
「銀の髪に紅い瞳の候補生ねぇ……」
その口調から、このやけに華やかな容貌の青年が、問題視されている候補生の報告を受けているのだと知れた。
「あたしは、そっちの子がいいならいいけど。」
恐らく否定されるだろうとの予測に反し、驚く程あっけなく認められてしまった。
「やった! さっそく続きをやるぞ!」
剣舞をやりたいからと、金髪の青年に木刀を持って来てくれと指示していた。
数日後、事情をよく説明されぬまま、儀式で共に剣舞を披露することになった。
この黒髪の少年が創造神の後継者だと知ったのは、すべてが終わった後のことであり、
何の前置きもなく、彼が夜叉王なのだと八部衆の面々に紹介された。
意表を突かれて問いただすと、
「あれ、気付いてなかったのか? 知ってるかと思ってそのまにしちまった。」
と、朗らかに笑いながら告げられた。
どうりで、例の場所の結界を何事もなく通り抜け、ひっかからなかった訳である。
「お前、最初から気付いていたのか?」
そうと分かれば、敬語なんぞ二度と使うものか。
タメ口で問えば、さらに嬉しくなったらしい。
「当たり前だろ。修羅王(俺)が夜叉王(お前)を見間違えるわけないって。」
満面の笑顔で、熱烈な告白とも受け取られかねない台詞をさらりと口にする。
そんなこの少年が何も深く考えてないと、心のどこかで確信していた。
<End>
>Post Script
>剣舞っていいよねとの思い付きから、誕生日の祝いの品になりました。
>シュラトは天然、ガイはいらんことを考え過ぎるあたりが変わらないといいかも。
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