『まつろわざる者』






気のせいかと思っていたが、このところ周囲に落ち着きがない。
こそこそと、小声で何か話している連中が多いのだ。
だが、夜叉王が近くを通ると途端に口を噤んでしまう。
また、人目を気にしながら大きな荷物を運び込んだりもしていた。
己が余所者だから避けられているのかと思ったが、どうも違うらしい。
同じ状態に置かれている者がもう一人いるからだ。
それが修羅王だったから、彼は不思議に思ったのである。
ここ、阿修羅の地で寝起きする連中の、修羅王への傾倒ぶりには凄まじいものがあった。
そんな連中が、王を除け者にするなどありえない。
となると、王に内密で何かをしているということになる。
きな臭いことにならねば良いのだが。
一応、一言伝えておいた方が良いのか。
あれのことだから、すでに察知しているだろうけれども。
その前に、伝える機会があるかが一番の問題だった。



本当に、何かが起きているのだろう。
普段なら、夜叉王からは容易に接触できない修羅王と、二人だけで話す機会はそうそうありえないのだ。
ここの連中が、散々に邪魔してくれるからだ。
「まぁ、黙って見てろ。あいつらが何の準備をしてるのか、明日になれば分かるから。」
少年の言葉を信じ、翌日を待ってみることにした。



太陽が昇るとともに、連中に意図が判明した。
空気と建物を揺るがす大音声に叩き起こされる。
爆発音に敵襲かと身構えたものの、それにしては周囲から緊迫感が伝わって来ないと疑問に思った。
爆発音が止むと、妙な静寂が辺りを覆った。
次いで石造りの建物内に響き渡る人々の声。
反響してしまい、聞き取り難い。
どうも、口々におめでとうと繰り返し言っているように聞こえた。
身支度をし、大広間に向かうと人々が溢れていて足を踏み入れる場所がない。
うず高く積み上げられたご馳走の山と、人だかりの出来ている玉座。
「……修羅王の誕生日か。」
先刻の音は、花火と爆竹だったのだ。
ここの居候たちが共謀しての祝宴である。
驚かすために、本人には隠して準備していたというわけだ。

広間には居づらく、夜叉王は外に出た。
あの王にふさわしい澄み渡った青空が広がっている。
右手には、何か事が起きたのかと思って部屋から持って来た剣が握られていた。
それを抜き放つ。
すっかり居候気味だが、夜叉王にとってここは味方の力が及ぶ地ではなかった。
来た当初はともかく、最近になっても彼にちょっかいをかけてくるのは修羅王くらいだ。
かなりの人数を返り打ちにしたので、襲われる回数は減っている。
当然のことながら、体を動かそうにも付き合ってくれるような奇特な人物はいない。
なので、普段は一人で鍛練を積んでいた。
どの位経ったのだろうか。
太陽はもうすっかり高くなっていた。
早朝からの騒ぎもひと段落着いている頃合いだろう。
剣を鞘に戻し、引き上げようとしたところで、突然呼び止められる。
「あれ、もう終りか?」
声の元を辿れば、修羅王が回廊の欄干にもたれてこちらを見ていた。
「今日の主賓が抜け出して、どうする。」
「あいつら、朝っぱらから潰れちまってさ。つまらないから逃げ出して来たところだ。」
そういう本人もかなり飲まされただろうに、けろっとしている。
「今日は、俺の誕生日なんだ。プレゼント代わりに相手してくれ。」
夜叉王ではなく修羅王の誕生日だから、こっちに付き合え。
そう宣言して少年は素手での散打試合を挑んできた。



互いの得意武器ではなかったものの、やはり夜叉王は修羅王には勝てず仕舞い。
長剣での試合でも思ったが、少年は自身の体をよく熟知しているようだ。
剣を扱ったとき、彼は腕の延長のように変幻自在な剣捌きを見せつけてくれたのだった。
武器を持たない体術が、すべての基本となっている。
予測のつかない生き生きとした動きに、ついてゆけなかったのが悔しくて。
次で挽回するべく修練を欠かさず続けていても追いつけなかった。
実年齢は数千歳と言われていることにも納得がいく。
広間の前を通って部屋に戻ろうとした夜叉王の耳に、うめき声が聞こえてきた。
慌てて中を覗いてみると、酔っ払いならぬ死屍累々たる敗北者の山。
潰れたというのは、酔ってではなかったのだ。
修羅王一人で、ここに転がっている全員を倒したのだろう。
立ち尽くす夜叉王の後ろから、黒髪の少年が顔を出す。
「だらしないぞ、お前ら。まだまだ、鍛え方が足りない。」
夜叉王と組み手をし、腹がこなれたからとまた宴に戻ってきたのだ。
王の声に、何人かが顔を上げる。
髪がいくらか乱れているものの平然としている夜叉王を指差し、床に転がったまま驚いていた。
「俺が欲しいのは、全力を出しても大丈夫な相手だっていつも言ってるだろ。」
王の注文に、それは難しいとあちこちから抗議の声が上がった。



【終】




>Post Script
>秋亜人の誕生日祝いで無料配布した本から一部再録+書き足し
>今年の凱の誕生日と同じ設定です


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