『たまには招かれざる客人をもてなすことも』






現在、阿修羅の領内に他部族からの客人が一人だけ逗留していた。
近付く者に厄災をもたらすと噂され、この地に好き好んで立ち入ろうとする物好きは皆無に近い。
そんな場所に長期間滞在する彼は、当然ながら本人の意思でいるわけではなかった。
といっても、拉致されて来たのでもない。
彼の部族を庇護する神の命である。
麗しき女神が言うには、どのような相手であろうと、言葉は通じるはずなのだとか。
デーヴァに帰依しようとしないいくつかの部族のうち、最も難関と思われるここに派遣されたというわけだ。
優秀と噂されるのも、困りものであった。



普段、この阿修羅の地で夜叉王に話しかけようとする者など誰一人としていない。
阿修羅神族にとっては招かれざる使者なのだから、歓迎されないのは当然だろう。
だから、唐突にかけられた言葉が己に向けられたものだとはすぐに理解できなかったのは仕方ない。
「そういや、お前の誕生日ってのはいつなんだ?」
回りを見回しても、突然姿を現した黒髪の少年を除いて他に人影はなかった。
つまり、少年から夜叉王への問いかけなのだろう。
「いつって、それがどうかしたのか。」
「いやぁ、夜叉王がここに来てもう半年くらいになるだろ? その間に何も成果が上がってないのは気の毒だってうちの連中が言い出してな。」
双方の話は平行線で、このままいけば一年経っても状況が変わりそうにないのだ。
まさか、慈悲深いデーヴァの調和神が手ぶらでは帰るななどとは言うまいが、夜叉王のカタい性格もある。
もしかしたら一生故郷の地を踏めないなんてことになるかもしれない。
ならば、せめて何か変化をつけてやろうではないか。
阿修羅の主だった連中の間でそういう話になったのが、つい数分前のことだった。
思い付いたが吉日な少年は、早速こうして行動に移したというわけである。
「日付けを数え間違えていないなら、今日だな。」
「へぇ、凄い偶然だな。なら、一つだけ願いをきいてやるぜ。っても俺は神じゃなくただの人だからな、かなえられることなんて限られてるけどさ。」
少年の提案に、夜叉王は不信を隠さない。
「それは何の冗談だ?」
突拍子もない提案である他に、この少年は……見かけはただの子どもにすぎないが、中身は数千歳を越える歴戦の強者だ。
一神族の王にすぎないながらも、天空界を二分する調和神にも破壊神にも頭を垂れたことがない。
そんな存在の発した気紛れな言葉を、信じろという方が無理だろう。
「『悪名高い阿修羅』の王の俺が言うのもなんだが、他人の好意は素直に受け取った方が良いと思うぞ。」
「好意……? その実、招かれざる客人で暇つぶしをしたいだけではないのか?」
「そうとも言うかもな。まぁ、報われない任務を押し付けられた夜叉王に対する労いも当然ながら含まれているぜ。」
何だかんだ言いながら、夜叉王の言葉を否定はしなかった。
一思案し、夜叉王が口を開く。
「……それなら、一つ軽い手合わせを所望したい。」
その一言に、少年が目を軽く見開いた。
「それだけでいいのか?」
「調和神の要求を通せというのは無理なのだろう?」
「そう言ってたとしたら、うちの連中に袋にされてただろうよ。」
ここの連中に袋にされたら、命の保証はない。
「阿修羅神族の王と戦って命のある者なんてそういない。これはこれで貴重な体験に違いないさ。」
「それじゃ、今からなんてどうだ?」
どうせ、他にここでやる仕事もないんだしいいだろうと言って、少年は夜叉王の手を掴んだ。
心無しか、祝われる本人より嬉しそうである。



【終】




>Post Script
>凱の誕生日祝いといいながら、夜叉王話です
>そのうち書きたいなと思い付いた、数千歳の年の差二人組設定で書いてみました


<お手数ですが、メニューに戻るときはウィンドウを閉じて下さい>