一年の始まりに






年の瀬が迫った天空殿は、ある意味戦いの前の様相を挺していた。
新年の初日には、全ての神将が調和神へ挨拶を申し上げる。
恒例の儀式が執り行われるので、準備に追われているのだ。
そんな慌ただしい中、人目を憚るようにこそこそと歩いているのが見えた。
「比婆王!」
名を呼んで手を振ると、口に指を当てる仕草。
どうやら、隠密行動中らしい。
追い付いて並ぶと、腕に抱えた戦利品の果物の山が目に入る。
一ついただこうと手を伸ばしたら、これは駄目だと遠ざけられた。
いつもなら、一つ位は譲ってくれるというのに。
すると、黙って付いて来いと言う。
「どうしたんだよ、こんな所まで来て。」
そのまま後をついてきたら、比婆王の目的地は天空殿のある第一楼の少し下にあるアムリターナと呼ばれる場所だった。
つまみ食いする位で、こんなにも天空殿から離れた場所に来る必要はあったのか。
「仕方ねぇだろ。どんなに隠したって上じゃ見つかっちまうし。」
腕の中の物をどさどさと下ろし、口笛を一つ。
それが合図だったのだろう。
白っぽい小さな塊が比婆王目がけてとんで来た。
とがった耳に、ふさふさの尻尾。
「それ、子犬か?」
そういえば、天空殿は小ナーガのような伝令用や乗用以外の動物は飼育禁止だったと思い出す。
「おう、この前ここで修行してるときに見つけたんだ。修羅王も抱くか?」
比婆王の日焼けした腕から受け取り、目の前に持ち上げてみた。
「この犬、賢そうな目してるな。」
ひとしきりじゃれあった後、持って来た果物の前に下ろした。
だが、それらの匂いは嗅ぐものの口をつけようとはしない。
「やっぱ、草食じゃないんじゃないか?」
「仕方ねぇ、これは俺たちの分にするぞ。」
そのまま日が暮れるまでそこで過ごし、天空殿に戻ったときに天王に見つかって説教を喰らってしまった。

年が明けての早朝、夜叉王と修羅王は回廊を急いでいた。
夜叉王が寝坊するわけがないので、当然のことながら修羅王が約束の時間に遅れたのだった。
歩くのはともかく、走るとなれば相当の音が響く。
しかも、二人分だ。
年始の謁見は、正装との慣習があり、神将にとっての正装は神甲冑装備なのだ。
「頭の防具はどうした?」
急ぎながら、夜叉王は最初に放置していた違和感を指摘した。
「してるだろ?」
まともな返答を期待していたわけではないが、その即答ぶりに力が抜けそうになる。
「……いつもとどこか違うとは感じないのか?」
そう言われて、少年は少し考える様子を見せた。
「そうだな、ちょっと重いかも。あと、何だか温かい感じもする……って、これ、さっき比婆王と遊んでいた犬じゃないか! いつの間にすり替えられたんだろ?」
普通、考えるまでもなく気付くと思うのだが。
悪戯の犯人が比婆王だということだけは判明した。
ただ、間違いはきっちりと指摘しておかねばならないだろう。
「犬じゃない……それは狼の子だ。」
「どちらも似たようなものじゃないか。ま、細かいことはあまり気にするなって。」
「……だが、それままで調和神の前には出られないだろう。待っててやるから置いて来い。」
そこで、走っていたら間に合わないと判断したらしい少年は神甲冑を神甲機に変えた。
止める隙など、あったものではない。
飛び出して行く後ろ姿を見送るしかなかった。
「……とりあえず、比婆王には一度きっちりと話をしなくてはな。」
このような些事で、二人の時間が削られていくなど我慢できない。
こうして、夜叉王の今日の予定は変更されることになったのだった。



【終】




>Post Script
>初出は2006/1/29配付の小咄ペーパーです
>3月までしか配付しなかったのでWeb再録しました

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