『螺旋邂逅 序』








いったい、いつからなのだろうか……
とうに、忘れてしまった。
現在が何暦の何年なのか。
何の月の何日なのか。
分からない。
過ぎ行く日を数えることは、とっくにやめてしまっていた。
残されているだろう日々を考えることも。
もはや、月日など意味をなさなくなって久しい。
何かを求めて、歩き続けていた。
見知らぬ所を歩いていた。
そこが砂漠なのか、
草原の中なのか、
荒れ地なのか……
自分が何処を歩いているのか分からない。
自分がどんな所を歩いているのかも分からない。
知ろうとすら思わない。
もう、そんなことはどうでもよくなっていた。
何かを求めていた。
何かを。
誰かを。
それだけをひたすらに……
あれがなければ意味がない。
あれが生きていなくては意味がない。
同じ世界に存在していなければ……
たとえ、戦って血を流し、傷つけ合おうとも。
互いに寄り添い、平穏のうちにその生を全うしようとも。
あれがいなければ、自分の存在する意味は無いのだ。
あれを自分から奪う権利など、誰にも無い。
あれの姿を自分の前から消してしまうなど、あってはならない。
何者であろうと、そんなことが許されるはずがない。
たとえ『神』であろうとも……





渦を巻く螺旋のように、
人は同じ命を繰り返す。
何度も、
何度も、
繰り返し、
繰り返し、
同じような生を。
螺旋階段を登れば少しずつ変化のあるように、
それらはまったく同じとは言えない。
だが、歴史は繰り返すものだ。
幾度、転生を繰り返したのだろうか。
幾度目の生だろうか。
また、大切なものを失くすような気がする。
この上なく大切な物を。
いや、『物』ではない。
それは『者』だ。





どこかで聞いたことのある声がする。
どこかでそう呼ばれていた気がする。
あれだけが知っている名前。
あれだけに呼ぶことを許した名前。
また失くしてしまうかもしれない大切な者。
失くしてしまうかもしれない。
この腕の中から……
それは、確かな予感。
失うくらいなら、最初から出逢わなければよかったのに。
奪われるくらいなら、この手で殺してしまえればよかったのに。
永遠に、他者の手になど渡しはしない。
まして、『神』の手になど……
あれの傍らにいることが、なによりの幸せだった。
あれの存在を感じていることが。
いつも、何か罪を犯しているような気がする。
はっきりとした覚えは無いけれども、
罪悪感を拭い去ることもできない。
自分が存在すること、それ自体が罪なのではないか。
あれがいてくれるから、自分自身も存在を許されている気がする。
二人を切り離すことなど、不可能のように思われる。
あれも自分のことをそのように思ってくれているといい。
いつの転生時でも、あれが現れるのを待っていた。
確かに待っていたのだ。
今なら、確信できる。
独りで待っていた。
あの木の下で。
薄紅色の花を散らす……
また、その時期になる。
出逢いのときが近づいている気配がする。
別離のときが近づいて来る気配がする
何かが近づいている。
何か大きな変化がやって来る。
二人の上に……










「――」
誰かが呼んでいる。
「修羅王――」
懐かしい声。
「何処にいる?」
俺を探しているのか。
その声に応える。
「ここだ、夜叉王。」





夢を見ていた。
あまりにもリアル過ぎる夢を。
その中で、別の名で呼ばれていた。
それが過去のことなのか、未来のことなのか。
どちらかは分からない。
ただ、いつも戦っている夢だ。
見慣れない衣装を身に付け、見慣れない武器を手にして。
この両手を血で染めながら。
戦い続けている。
くる日も、
くる日も、
戦い続けている。
もう、何が原因だったのか、かけらも覚えていない。
生き抜くためには、戦い続けるしかない。
我々阿修羅は、戦うための一族なのだから。
我々にとっては、侵略してくるならば、デーヴァも敵でしかない。
天空界の調和を司る一族だというデーヴァ神族。
調和神を信じる一族。
しかし、我々阿修羅族は『神』など信じない。
いつしか、秋亜人は夢の中の人物に同調していた。





「修羅王。」
呼ばれて振り仰ぐ。
そこにいたのは、金髪の長身の人。
白い衣をゆったりと纏い、装身具をうるさくならない程度に付けている。
木の上に座り、見下ろしてくる。
その瞳は慈愛に満ちた翡翠色。
綺麗だが、女ではない。
「何か用か、迦楼羅王。」
声をかけると、その人か嬉しそうに微笑んでくる。
「姉の子どもに逢いに来るのに、用がなければいけないのかしら。」
女言葉を好んで使う少々変わった奴だ。
ふわりと、木の枝から舞い降りる。
体重を感じさせない、軽やかさ。
すぐ傍に近づかれて、思わず手刀が出てしまう。
デーヴァは敵だが、この人は敵ではない。
同族ではないから味方とは言い切れないが、敵ではない。
それは分かっているのだが、普段の癖はどうにもならない。
いつものことだから、謝りもしなかった。
ただ、何が彼を訪れさせたのか、気になる。
彼が来るのに、理由のないことはない。
必ず、何かあるのだった。
尋きたい気持ちを押さえ、できるだけ素っ気なく言ってやる。
「用がないのなら、はやく迦楼羅族の城に戻れ。そっちにもかなりの神将が向かっていた
はずだ。お前がいなければ、まともな戦いにならないだろう。」
すると、彼が心配そうな目を向けてくる。
見ている者を安心させるような翡翠色の瞳。
心の動きまで全部見通されているようだ。
「大変なのは阿修羅族の方よ。迦楼羅族に向けられたのは、数に頼んだ一般の神将だけ。
お前の所に来るのは、そんなけちなものじゃないわ。」
迦楼羅王が、自らの一族の戦いを抜け出してまで伝えに来る程の敵。
ぴんと張りつめるものを感じる。
「調和神が動いた。神と、今までにデーヴァに服した一族の王が、阿修羅族討伐にやって
くる。調和を乱す魔族を排除するという名目でね。」
迦楼羅王の言葉には、いつものからかう様子がなかった。
本気でかからねばなるまい。
「あと、黒い狼の神甲冑を着けた夜叉王にはくれぐれも気を付けなさい。あいつの強さは
半端ではない。」
伝えることをすべて話し終えると、迦楼羅王は戻って行った。
名残惜しそうだったが、王たる者がそう一族から離れられるものではない。





阿修羅の前線が騒がしい。調和神らが来たのだろうか。
慌てて、修羅王は陣へと駆けて行った。
途中、目の前を横切った物に気付いた。
白い花びら。
やや薄紅がかった……
風に乗って、何処からか飛んで来ている。
何の花だろう。
その舞に見惚れていた一瞬。
前を過る影があった。
反射的に幻力を放つが、避けられてしまう。
はらはらと舞い落ちる花の中から現れたのは、
黒い神甲機に乗った銀髪の人。
迦楼羅王が言っていた。
これが夜叉王か。
こちらを振り向くと、その瞳が朱いのが判る。
彼の口から問いかけが漏れる。
「修羅王か?」

そして運命の輪が回る。










>Post Script
>当初発行した螺旋邂逅の序というより、総集編の螺旋邂逅1-3の序章から再録です。
>最初の原稿はワープロだったので、現在使っているMacからは開けないのでした。
>昔のままのこっぱずかしい代物ですけど、ここから始まったんですよね……うちの話。

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