『魂の名』




いつから自分が在ったのか、分からない。
気が付いた時には、意識の波に揺られるようにして在った。
周囲に溶け込んでしまえば、何の違和感を抱くこともなかっただろう。
『自分』は意識体であり、定まった形を持たない。
もし、溶け込むなり、拡散して散るなりすることができたなら……
どんなに個としての意識を持つまいと頑張っても、明確な境界が存在していた。
違うのである。
同じ物事を見たりした時に感じるものが。
個としての最初の記憶は、彼に呼びかけられたときに始まった。

「あれ、お前って……」
そう言って、おもむろに瞳を覗き込まれる。
それが、『自分』のことだと理解した途端、意識がはっきりした。
周囲との違いがクリアになった瞬間だ。
「な、何……?」
じっと見つめてくる視線。
居心地の悪さに、落ち着かない。
「お前、誰だ? アルフじゃねぇな。」
己を見分けられたのは、初めてのことだった。
『自分』の意識が浮上し、表に出ている間も、普段と同じように振舞っていた。
もう一人の思考をなぞって行動していたわけである。
今まで、家族の誰一人として気付いたことはなかったというのに。
どうして彼は気付く事が出来たのだろうか。
あのグレミオでさえ、違和感くらいはあっただろうが、何も言わなかったのだ。
「僕は……」
この身体には、『アルフ』という名しかなかった。
訊ねられても、答えることができない。
「俺が言っているのは、身体のことじゃないってのは分かるな?」
『自分』は、彼の親友の『アルフ・マクドール』ではない。
それは確かだ。
彼に親友と認めてもらえたのは、『自分』ではない。
「……アルフの意識は眠りに堕ちている。」
信じてもらえないだろうと諦めつつ、その事実だけを伝えた。
たとえ、理解してもらえたとして、普通でないことは歓迎されないことだろう。
一人の内に二つの意識。
「名前、無いのか?」
どうして、これだけで分かってくれるのだろう。
「それなら、俺が付けてやるよ。」
更に、意外な言葉。
「え?」
「だって、呼び難いだろう? お前とアルフは別々の意識を持った別個の人間なんだから。」
しばらく考える様子。
「エリアス……じゃカタいから、エリヤでどうだ? 俺の知る中で、一番大切な名前だ。お前に合うと思う。」

それが、僕が僕になった瞬間だった。
そう、僕は彼から生まれたのだ。






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先日、無料配付した100回記念本に載せたものです。
再版はこの冬までで数冊の予定なので、ここに再録しました。
そもそも、最初の発行数が身内プラスで10冊のみの本でしたから(苦笑)